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高校に進学した私、周りはけんちゃんのことを知りません。
通学の電車で、学校で、バイト先で男性に告白されることが増えました。
(昔は…きっと可愛かったのですよ(笑))

親からの愛情を渇望していた私は『誰かの一番になりたい』と、常に
思っていたので、『私の兄は自閉症なの』と話しても、特に怯まない人と
お付き合いをすることは、たまにありました。

でも、誰と一緒にいても『この人じゃない』と思い、長く続きませんでした。
私のことが好き、と言いながら、みんな自分が一番好き。
私より、自分や親のことが大事。そう思うと、もう一緒にいられない。
誰と一緒にいても、さびしい。二人でいても、さびしいってどういうこと?

ある日、私自身が誰のことも一番だと思えていないことに気付きました。

自分のことも一番ではないけれど、自分だって一番がいないじゃないか。
この先、誰かを一番だと思える人に巡り合えるのだろうか?
誰かの一番になりたい』と、周りに求めるのは違うのではないか?
これは自分自身の問題なのではないか?

私って、一体何のために生きているの? どうして生きているの?


…夫や子どもたちと出逢えた今なら、その頃の私に答えを言えます。

コメント

No title

>mimitanさん
いっぱいコメントを残してくださってありがとうございます。
ありがたく拝見しました、お返事が遅くて本当にごめんなさい。
私も、そうです。
人を突き放しているようで、本当は愛情を求めていたんですね。
嫌われるのが怖いという気持ちも未だに強いと思います。
いろんな気付きがあって、今に至るのですが…
まだまだかな…という思いもあったりもします…
「いつになったら、自分を解放してやれるんだろう」って、
むなしく悲しく思う時も、今でもあります。

No title

この記事を読ませていただいて
だから私も声をかけられると 良い返事をしていたんだと思いました。
異性に対しても同姓に対しても好かれようと必死でした。
愛を求めていたのですね。

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