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父と私(3)

結婚後、実家までは車で比較的近距離で行かれる場所でしたが、
実家に帰ることは殆どありませんでした。

結婚式及び披露宴では私にお祝いを一銭も渡すことのない両親に対し、
期待はしてはいけないものであっても、それは負い目になりました。
距離感が近すぎると感じることのあったけれども、夫の両親の方を立て、
そちらの親族と今後は仲良くしていきたいと思っていました。

ある日、父から電話がありました。
「かなちゃん?お金、2万円でいいから貸してくれないかな。」
父の「貸してくれ」は永遠に戻ってこないことを示します。
結婚する前は毎月3万円家に入れ、ボーナスは半分渡していました。
それが一気になくなったので、金銭的には困っていたのでしょう。
自営業は傾きかけ、倒産寸前のところに行っているものの、
母が外に働きに出て何とか借金を少しずつ返している状態です。

久し振りの電話に、相手が元気かどうかも問わずに、
お金の無心の話を始める父に、情け無さと怒りの気持ちがありました。
父は、私をATM程度にしか思っていないのではないだろうか?
以前もけんちゃんのことに関して介護要員としてしか見ていないような、
そんな思いになったことを思い出しました。

冷たい、と言われそうですが、私にはもう私の生活があります。
結婚後は1円も渡さない、と決めていた私は静かに言いました。

『お父さんに渡すお金はないです。こちらも生活しているんだから。』
しかし「お父さん困っちゃうんだ。ごめんね。お母さんを大事にしてあげて。
お金が無いと、首を吊るしかないんだ。」と切り返されます。

私は、父の心のこもっていない「ごめんね。」が大嫌い。
また、母を大事にというけれど、すでに私なりの方法でやっているし、
父自身が母にできることをやっていないではないか。ため息を付きます。

『電話代もったいないでしょ。時間かけても無駄だから。』と言うと、
ガシャン!と電話が切れました。


それから、父から電話がかかってくることはありませんでした。

父と私(2)

高校生の頃は、長期休みはとにかくバイトに明け暮れた。
でも、そのバイト代は通学の定期代や、自営業の足しに、と
一度の長期休みで10万ほどを、両親に渡していた。

自営業は厳しい。昼夜問わず酒を飲むような店主(父)の店に、
誰がお得意様として付こうものか…


ある、バイトの休みの日。
外出の予定もなく久し振りにゴロゴロ…読書をしていた私。
気付いたら、昼食の時間から30分ほどは過ぎていた。
けんちゃんにご飯…支度するのを忘れていた!急がなきゃ!

父が大きなお皿にご飯と、その上に鰹節・醤油をかけて、
けんちゃんに食べさせていたところだった。

私の方を見て「役立たずだな。」と、父は言った。


…心が折れる音が聞こえた気がした。

私は、誰かの役に立つ人間ではない、と…。分かっている。
そんなことは知っている。私は生まれてこなければ良かったのだろう。

なんで私は生まれたの?なんで私を作ったの?

けんちゃんの、役に立たない私は、生きる価値がないの?


死にたい。死んでしまいたい。
短絡的にも、私はすぐにそう思ってしまう…

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